ikeda asako

diary

2024年5月19日(日)

京都個展のお知らせ

[diary]

池多亜沙子 書展

会場/Kit(京都市上京区一丁目853-2)

2024年6月15日(土)-6月25日(火)

12:00-18:00(期間中無休)

15日(土)、16日(日)、17日(月)、18日(火)在廊予定

五年振りにKitにて個展を開催いたします。

前回の個展時と比較すると生活スタイルがガラっと変わり筆を持つ時間が貴重になりましたが、お陰で何本にも分かれていた道が整理されたように思います。

ご都合がつきましたらぜひお立ち寄り、この頃の私をご覧いただけますと幸いです。


<KitのHPより>

亜沙子さんには喫茶店経営という、もう一つの仕事がある。
仕込みと接客に追われる日々は壮絶な肉体労働で、筆を持つより店に立つ時間の方が圧倒的に長いという。
くるくる回り続ける生活の中で生まれる言葉や表現方法は大きくも小さくもなく、ただ熱量があって素直だ。

ある夏の日の夕焼けは絶望的な気持ちを帳消しにしてしまうくらい、黒を白に変えるほど、綺麗だった。
その一撃は、心の奥の方にある泉に到達した気がする。それは気持ち良い自然現象。
亜沙子さんの書はなぜかあの日の空を思い出させる。ただ、見れば良いのだ。
泉に水音が響いたら教えて欲しい。そんな話をしてみたい。

写真:引網真吾

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2022年5月25日(水)

東京個展のお知らせ

[exhibition]

池多亜沙子 書展

2022年6月28日(火)-7月3日(日)

12:00-20:00(最終日は18時終了)

会場/DEE’S HALL(東京都南青山3₋14₋11)

DMの作品は2017年作のもので見てさった方もいらっしゃると思いますが、東京での個展は初めてなので自己紹介のような気持ちで大切にしている作品を採用しました。韓国に移住してから制作した作品で構成し、ここ10年の裸の自分を前に、照れくさい気持ちで毎日在廊する予定です。お目にかかれますことを楽しみにしております。

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2021年11月1日(月)

2022年墨象カレンダー

[diary]

2022年の墨象カレンダーを作りました。

二作品を除いて今年制作したもので、 何を書いているでもない、文字の約束から離れ自己を解放しているある日の筆跡です。

現在のところ日本での取り扱いは、ブックギャラリー・ポポタム(東京)と、これまで3度展示をさせていただいている雑貨ギャラリー・Kit(京都)です。

このHPからも承りますので、ご希望の方がいらっしゃいましたら、メールフォームからご連絡いただければお送りいたします。

(価格1320円+送料)

休みは韓国のカレンダーに合わせているため、日本でお使いの場合は〇や色などをつけてお楽しみください。

デザインは、美術家でもあり、韓国で多数の装丁を手掛けている전용완(チョン・ヨンワン)さんです。いくつものグラフィックデザインのお仕事を拝見し、その余白使いの美しさから、ぜひお願いしたいと思いました。

下記はヨンワンさんが手掛けられた茨木のり子さんの詩集です。

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2021年3月1日(月)

一年

[diary]

ガラガラの成田空港搭乗カウンター。この時は一年以上も日本に帰れなくなるなんて想像すらできず、プールみたいだな~~と呑気に眺めていた。

最後に日本に行ってから一年が経ってしまった。

いつものように小松発着の大韓航空を利用して2020年3月1日(日)に故郷に降り立った。ここ2年ほどは2,3か月に一度のペースで単身で帰っていたけれど、今回は珍しく夫も一緒に。そして、金沢に旅行に行くという韓国人の友人Rちゃんとそのお友達もたまたま同じ便だった。彼女たちはコロナのことで寸前まで日本行きを悩んでいたけれど、結局予定通り動いたのだった。今思えば、この機会を逃していたらしばらく海外には行けなかっただろうから、二泊三日の旅行を決行してよかったと思う。

せっかくの機会なので、旅行者は車がないとなかなか行けない金沢市郊外のカレー屋「シエスタ」さんで一緒に食事をした。その後彼女たちとは別行動。Rちゃんは3度目の金沢なので慣れたもの。お気に入りの店に出かけて行った。

夜、私と夫は楽しみにしていた友部正人さんのライブ(at じょーの箱)へ。大阪のライブハウスで集団感染が起きた後だったため、キャンセルが相次ぎ観客は多くはなかった。

一曲目は「カノン」のカヴァーだった。カノンは遠藤ミチロウさんの曲。2019年に昇天したミチロウさんを弔うようにライブは始まった。2017年に雨乃日珈琲店ライブをしてくださった愛してやまないミチロウさん。2018年、帰省の際に小松のライブハウスにも足を運んだ。観客は10数名しかいなかったけど、病をおして臨んでるとは思えないほど力強く熱量高い2時間だった。終演後にお話をした際にまたソウルでライブがしたい、今度はバンドで行きたい(おそらくTHE ENDのことだと思う)っておっしゃてたのが印象的だった。

そんなことを思い出しながら聞いたカノン。友部さんの代表曲のひとつ「一本道」も沁みた。ライブの帰り道、夫は「マオリの女」の歌詞が印象的だったと言っていたことがずっと記憶に残っている。

夫は故郷へ行き、私は金沢に残り買い物や雑務をしながら10日程過ごす予定が、日韓の入国制限が突然発表され、帰りの小松便が休止になり、日程も空港も二転三転、入国制限施行の前日にガラガラの成田空港から一人バタバタとソウルに戻って来た。夫もその前日になんとかソウルへ。

あれから1年。

こんなにも日本に帰らなかったこと、こんなにも長く日本の家族に会っていないことは初めてだ。

使っていた故郷の調味料が切れてしまったとか、美味しい金沢の魚が食べたいとか、そんなことはどうでもいいけれど、早く大切な人に会いたい。(でもやっぱりお魚も食べたい)

とはいえ毎日しょげているわけではなく、変わらずに韓国生活を楽しんでいるし、最近は防疫段階も下がり、店がとても忙しい。隙あらば筆を持ち、充実した時間を過ごしている。高揚はしているけれど、たまに落ち込む。そんな日々。

家から店に行くまでに大きな道路を渡らなければならない。信号待ちは3分程。ぼうっとしている毎日のこの時間を全て合わせたらいったい何時間になるのだろう。大切な人に会う時間に変えられないかな。叶わぬ計算ばかりするようになった。

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